COLUMN コラム

森田理事長の「油断!」を読んで

4.20 2026
MON

 先日アップされた「油断!」に触発されて、綴ってみたいことがある。
 思えば、1818年刊行『フランケンシュタイン』は人間が生命を操作しうるという傲慢と責任の問題を、1949年刊行『1984年』は情報と言語が現実そのものを形づくってしまう構造を、そして1984年から刊行された『AKIRA』は、国家や都市や科学技術の全体像が見えなくなったなかで、その「部分」が思いがけず暴走し、制御しきれない力があふれ出す気配を描いていたように思う。

 ちなみに松岡正剛は、千夜千冊『AKIRA』のなかで、そうした全体と部分のねじれのなかに、「名指しえない正体」が立ち現れてくることに触れている。名づけられないものが、すでに世界を動かしているという感覚である。

 油断とは、その気配をどこかで感じながらも、つい見過ごしてしまうことなのかもしれない。そうだとすれば、「名指し得ない正体」があると意識することは、すでに始まっている何かに遅れずに立ち会うための、小さな手がかりになるのかもしれない。